民泊事業を行う上で「宿泊者名簿」の管理は、法律で定められた避けて通れない義務です。もしこの義務を怠ると、最悪の場合、事業の廃止命令や罰金などの重い罰則が科される可能性があります。
しかし正しい知識をつければ、宿泊者名簿の管理は決して難しい業務ではありません。
この記事では、
法律の基本: なぜ必要なのか?旅館業法との違いは?
記載項目: 日本人と外国人で何が違う?なぜ「職業」まで必要なのか?
作成方法: すぐ使えるテンプレートから、業務を自動化する最新ツールまで。
実践的な運用: 本人確認の具体的な方法、トラブル対応(記載拒否など)。
管理と報告: 3年間の保管義務と、ミスなく終える行政報告の手順。
上記の流れに流れに沿って、民泊オーナーが知っておくべき宿泊者名簿についてわかりやすく解説します。
宿泊者名簿の法的義務と罰則

まず結論として、宿泊者名簿の作成・備え付け・保管は、住宅宿泊事業法(民泊新法) に基づく義務です。これは公衆衛生の確保や宿泊者の安全を守るための重要な制度です。
第8条第1項にこのように定められています。
住宅宿泊事業者は、国土交通省令・厚生労働省令で定めるところにより届出住宅その他の国土交通省令・厚生労働省令で定める場所に宿泊者名簿を備え、これに宿泊者の氏名、住所、職業その他の国土交通省令・厚生労働省令で定める事項を記載し、都道府県知事の要求があったときは、これを提出しなければならない。 (出典;e-GOV法令検索「住宅宿泊事業法」)
まれに宿泊者名簿への記入をゲストにお願いした際に、「個人情報を出さないといけないの?」と問い合わせがある場合もあります。そのときは、「法律で義務化されているためお願いします」などと、根拠を示しつつ情報の提示をお願いしましょう。
なお第8条第2項には、宿泊者の情報提示も義務として定められています。
宿泊者は、住宅宿泊事業者から請求があったときは、前項の国土交通省令・厚生労働省令で定める事項を告げなければならない。(出典;e-GOV法令検索「住宅宿泊事業法」)
違反した場合の行政処分と罰則
違反が発覚した場合、行政は段階的に重い処分を下します。単なる罰金で済まないケースもあることを理解しておきましょう。
次の表に、行政処分の段階を目安として示しました。悪質な場合などは、段階を飛ばして重い処分になるケースもあるため注意が必要です。
| ステップ | 行政処分・罰則 | 内容 |
| Step 1 | 指導・助言 | 行政から改善するよう口頭または書面で指導が入る。 |
| Step 2 | 業務改善命令 | 期間を定めて、名簿管理体制の改善を具体的に命令される。 |
| Step 3 | 業務停止命令 | 命令に従わない場合、最大1年以内の期間で事業の停止を命じられる。 |
| Step 4 | 事業廃止命令 | 悪質な違反や命令無視が続くと、民泊事業そのものの廃止を命じられる。 |
| 罰金 | 30万円以下の罰金 | 上記の行政処分とは別に、刑事罰として科される可能性がある。 |
【tips】旅館業法との違いは?
ホテルや旅館が準拠する「旅館業法」でも宿泊者名簿は義務付けられています。民泊新法の名簿制度はこれを踏襲していますが、特に外国人宿泊者のパスポートの写しの保管義務がより厳格に規定されている点が特徴です。これは、所在の把握が難しい旅行者の情報を正確に管理するという、国際的な要請に応えるためのものです。
宿泊者名簿の必須項目一覧

記載すべき項目は、宿泊者が日本人か外国人かで明確に異なります。以下の表にまとめました。
| 記載・対応項目 | 日本人宿泊者 | 外国人宿泊者(日本国内に住所なし) | なぜ必要?(根拠) |
| 氏名・住所・連絡先 | 必須 | 必須(自国の住所を記載) | 緊急時の連絡、忘れ物の対応のため。住所は国籍問わず必須。 |
| 職業 | 必須 | 必須 | 感染症発生時の拡大防止など、公衆衛生上の観点から。 |
| 宿泊日 | 必須 | 必須 | 宿泊期間を正確に把握し、事件・事故発生時の調査のため。 |
| 国籍 | – | 必須 | 国籍別の宿泊者数を把握し、行政報告に利用するため。 |
| 旅券番号 | – | 必須 | テロ対策など、国際的な身元確認のため。 |
| 本人確認書類 | 身分証明書 | 旅券(パスポート)の提示 | なりすましを防ぎ、記載情報の正確性を担保するため。 |
| 写しの保管義務 | 不要 | 必須(名簿と共に3年間保管) | 外国人旅行者の正確な情報を事後的に確認できるようにするため。 |
【効率化】宿泊者名簿の作成方法4選
手作業から完全自動化まで、ご自身の運営スタイルに合った最適な作成方法を選びましょう。
方法1:Excel/スプレッドシート テンプレート【無料】
最も手軽な方法です。以下の表をコピーし、GoogleスプレッドシートやExcelに貼り付けて使いましょう。複数人で管理する場合は、クラウド上で共有できるGoogleスプレッドシートが便利です。
| 宿泊日 | 氏名 | 住所 | 職業 | 連絡先 | 国籍 | 旅券番号 | 備考(同伴者など) |
方法2:【無料】政府公式「電子宿泊者名簿ソフト」
PC操作に慣れているなら、観光庁が無料で提供する公式ソフトがおすすめです。行政への定期報告用CSVファイルを自動で作成してくれます。ただし、MacOSでは利用できない点には注意が必要です。
対応OS: Windows 10/11 (64bit)
入手先: 民泊制度運営システムからダウンロード
方法3:Googleフォームで半自動化
予約確定後のゲストにGoogleフォームのURLを送り、ゲスト自身に情報を入力してもらう方法です。ホスト側の入力手間とミスが劇的に減るため、非常におすすめです。
メリット: 無料、入力ミス減、データ管理が楽(自動でスプレッドシートに転記)
デメリット: 身分証明書の画像アップロードを求める場合、ゲストにやや手間がかかる。
方法4:セルフチェックインシステム/PMSの導入
宿泊者名簿の管理だけでなく、本人確認、鍵の受け渡し、決済までを自動化できる有料ツールです。複数施設を運営しているなら導入を強く推奨します。
主な機能: 事前オンラインチェックイン、身分証明書/パスポートのアップロード、多言語対応、行政報告用データの自動作成。
ツール選定のポイント: 料金体系、サポート体制、お使いのOTAとの連携性。
【実践編】運用・管理で押さえるべき4つの重要ポイント

名簿を作成するだけでなく、日々の運用で法令を遵守することが重要です。ここでは実務上の注意点を深掘りします。
ポイント1:情報は「宿泊者全員分」が必須
予約代表者の情報だけでは法令違反です。必ずグループ全員分の情報を取得してください。OTA(宿泊予約サイト)の予約情報だけでは同伴者情報が不足している場合が多いため、必ず追加で確認しましょう。
ポイント2:本人確認の具体的手法(対面・非対面)
本人確認は原則「対面」ですが、ICTを活用した「非対面」も可能です。
チェックイン時にホストが直接、宿泊者と身分証明書を目視で確認する。
・ビデオ通話:ZoomやLINE、専用タブレット等を使い、リアルタイムで宿泊者の顔と身分証明書を画面に映してもらい、オペレーターが本人確認を行う。
・eKYC対応システム:ゲストが自身のスマホで「身分証」と「本人の顔写真(厚み確認や瞬き検知など)」を撮影し、システムがAI等で照合する。
ポイント3:トラブルシューティング(記載拒否・偽造疑い)
| ケース | 推奨される対応 |
| 記載・提示を拒否された | ①法律上の義務であり、安全確保のため必要であることを丁寧に説明する。 ②それでも拒否が続く場合は、「警察へ連絡し指示を仰ぐ必要がある」旨を伝え、最寄りの警察署へ通報・相談する。(結果として宿泊を拒否することになります) |
| 身分証明書が偽造に見える | 明らかな偽造が疑われる場合は、安易に宿泊させず、最寄りの警察に相談することを検討する。トラブル防止のためにも、複数種類の身分証提示を求めるなどの対策が有効。 |
| 未成年者のみでの宿泊 | 親権者の同意書を事前に提出してもらうなど、自治体の条例や独自のルールに従って慎重に対応する。宿泊者名簿と合わせて同意書も保管する。 |
ポイント4:個人情報の厳重な管理(漏洩リスクと対策)
収集した個人情報は個人情報保護法に基づき、厳重に管理する義務があります。
保管: 紙は鍵付きの書庫へ。データはパスワード設定+ウイルス対策ソフト導入済みのPCで管理する。
目的外利用の禁止: 宿泊者名簿の情報を、マーケティング等の別目的で利用することは固く禁じられています。
万が一の漏洩時: 個人情報保護委員会への報告と、本人への通知義務が発生する可能性があります。データの取り扱いには細心の注意を払いましょう。
【義務】作成後の保管と行政への定期報告
名簿は作成して終わりではありません。保管と定期報告の義務を必ず果たしましょう。
| 項目 | ルールと手順 |
| 保管期間 | 作成日から3年間 |
| 保管場所 | 届出住宅(民泊施設) または 事業者の営業所・事務所 |
| 行政への定期報告 | 観光庁「民泊制度運営システム」 を利用 |
| 報告頻度と期日 | 偶数月の15日までに、直前の2ヶ月分を報告。(例:4月〜5月の実績は、6月15日までに報告) |
| 報告手順 | ①システムにログイン → ②報告期間を選択 → ③画面上で直接数値を入力、または作成したCSVファイルをアップロード → ④内容を確認して提出 |
| 最重要注意点 | 宿泊実績がゼロの期間でも、「0」として必ず報告が必要です。これを怠ると未報告と見なされ、指導の対象となります。 |
まとめ:明日から始めるアクションチェックリスト
宿泊者名簿の適切な管理は、罰則を避けるためだけでなく、ゲストに安心感を与え、事業の信頼性を高めるための重要な業務です。
最後に、この記事の内容を実践に移すためのチェックリストをご活用ください。
フォーマットの決定: Excel、公式ソフト、有料ツールなど、名簿の作成・管理方法を決めましたか?
本人確認方法の確立: 対面か非対面か、具体的な本人確認フローを確立しましたか?
保管場所の確保: 鍵付きの書庫や、セキュリティ対策済みのPCなど、安全な保管場所を確保しましたか?
定期報告のリマインド設定: 偶数月の15日を、スマートフォンのカレンダーなどに繰り返し通知で設定しましたか?
このチェックリストを全てクリアし、安心・安全な民泊運営を実現させましょう。

